修験道

修験道は日本古来の山岳信仰と仏教が融合して大きな仏教の流れをつくってきた。
明治元年の神仏分離令と明治5年に修験禁止令で国家の抑圧あったが、各地域の行者が加持祈祷、調伏、霊山詣など庶民生活に根付いた活動をしていて、絶えることは無かった。
生活が豊になり、若い人が減り昔の勢いは無くなりつつあるが、日本独特の山岳修行宗教として永遠に息づいていくでであろう。

現在、修験道の宗派は聖護院(本山派:天台宗系)、醍醐寺(当山派:真言宗系)、金峯山寺(金峯山寺修験本宗)があり、その他に日光修験、羽黒修験、熊野修験、五流修験、石鎚山、剣山などのたくさんの国峰修験がある。
金峯山寺の修行
   大峰山詣:洞川(どろかわ)から大峰山の山上ヶ岳に登る(途中、『西の覗』などの修        行場がある)

   大嶺奥駈道、吉野の蔵王堂から熊野三山まで大峰山脈を縦走する修行。

   百日回峰行:前半50日は吉野の金峰山寺から山上ヶ岳間片道24km、後半50日は         同行程を往復する。(満行者は戦後32名)

  大峯千日回峰行:命懸けの修行で蔵王堂と山上ヶ岳間を大峯山寺の戸開き期間中143日を毎日   休むことなく往復。8年間かけて回峰する。

この修業は一度始めると嵐、病気、いかなる理由も中止は出来ない。中止の時は腰の短刀で腹を掻き切るか、首を紐で括るかして、自害するのが掟である。

更に千日回峰行を満行後に9日間の4無行(食べす、飲まず、寝ず、横にならない)

(通常人間は食物、水を口にしなければ精神的疲労も重なって3日ほどで死ぬと言われている。またこの行の5日目には死臭がするという)

千日回峰行の満行者は戦後2名である。

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